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(左)1994年12月4日サンプドリア戦のキングカズゴールシーン!
偉大なパイオニア!アジア人初のセリアAのゴールです!

(右)中田ヒデ!対ユベントス戦 2得点のセリエA衝撃デビュー!!

 

世界への扉を開けた貴重なゴールをもう一度!!

2011年12月20日

クラブワールドカップとは?

【概要】
FIFAクラブワールドカップ(英: FIFA Club World Cup)は、国際サッカー連盟(FIFA)が主催する、クラブチームによるサッカーの世界選手権大会です。2000年に第1回大会が開催されましたが、その後中断していました。

2005年からインターコンチネンタルカップ(トヨタカップ)を吸収し、6大陸の選手権王者がトーナメント方式で優勝を争う形となりました。
2005年までの大会名は「FIFAクラブ世界選手権」(英: FIFA Club World Championship)であったが、2006年より「FIFAコンフェデレーションズカップ」を除くFIFA主催による国際大会の名称を「ワールドカップ」で統一する方針により、現在の大会名になりました!

この大会は、下記の6つの大陸における選手権大会の優勝チームと、開催国における国内リーグの優勝チームが一堂に会して「クラブチームの世界王者」を争う大会です。
ちなみに、この大会の第1回大会は公式記録上、2000年にサンパウロとリオデジャネイロで開催された「FIFAクラブ世界選手権」(ブラジル大会)です。
このフォーマットが整備されたのはトヨタカップを吸収した2005年以降の事で、2007年からは開催国の国内リーグ優勝クラブが加わることになりました。但しその開催国の国内リーグ所属チームが所属連盟の大会で優勝している場合は、所属連盟大会準優勝チームが出場することになり、同一国から2チーム以上は出場することがないような規定です。
(2008年の日本開催は浦和レッズがACLを制したアジア枠で出場、本来はJリーグ王者が出場しますが、ACL準優勝のイランのセパハンが開催国枠で出場しました。)

大会名としては「クラブチームによるFIFAワールドカップ」だが、国別対抗戦ではなく大陸王者による対抗戦なので、性格としてはむしろ「クラブチームによるFIFAコンフェデレーションズカップ」に近いと言えます。

<2011年大会の主役二人(左バルセロナのメッシ、右サントスFCのネイマール)>
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TOYOTAプレゼンツFIFAクラブワールドカップジャパン2011公式サイト

【歴史】

<初期>
サッカーのクラブ世界一を決める大会は1960年代からインターコンチネンタルカップが行われていた。同大会では欧州(UEFAチャンピオンズリーグ)南米(コパ・リベルタドーレス)の王者同士の直接対決によって「事実上」の世界一が決められていた。その為、欧州と南米が世界のサッカーの2大中心地であった時代まではこれ以上の大会は必要なかった。

しかし、20世紀末頃からFIFAワールドカップなどで欧州や南米以外の大陸の国々の躍進も目立ち始めた。この為、当時のFIFA会長であったゼップ・ブラッターが「クラブの世界一決定戦においてもワールドカップと同じように全大陸連盟から代表を集めて、真の意味での『クラブチームの世界王者』を決めよう」と提唱した。こういった背景もあって、FIFAが創設したのがこの大会の前身にあたる「FIFAクラブ世界選手権」である。

<2000年大会〜2001年大会>
2000年1月初旬にブラジルのサンパウロとリオデジャネイロで、「FIFAクラブ世界選手権2000」(第1回大会)が開催された。なお、決勝戦は南米対欧州の構図にはならず、地元ブラジルの「コリンチャンス 対 ヴァスコ・ダ・ガマ」となり、優勝したのはコリンチャンスであった。
コリンチャンスは、大陸連盟のクラブ選手権を勝ちあがったチームではなく、ブラジル全国リーグ「ブラジル全国選手権」の優勝クラブであることによる開催国枠で参加していたため、大会の性格との不整合から一定の疑問が付随することになった。
翌2001年の第2回大会は、スペインのマドリードで、出場チームを12まで増やして、第1回大会よりも大規模な大会として開催されるはずであった。しかし、大会の運営を任されていた代理店のISL社の倒産が影響し大会スポンサーが集まらず、第2回大会は開催中止となった。その後、何度も再開のための検討が続けられたが、2005年までは同大会を開催することが出来なかった。

<2005年・2006年大会>
再開に向けて模索を続けたFIFAクラブ世界選手権だが、その道のりは平坦ではなく、その理由としては、大会スポンサーが思うように集まらないことと、ビッグクラブを中心とした欧州連盟の反対がある。特に後者の要素は大きく、所属選手がクラブチームと母国代表チームの試合によるハードな移動と過密日程を毎年こなさなければならず、その影響が相次ぐケガや疲労による試合でのパフォーマンス低下という事態を招いていた。
また、既に欧州王者と南米王者が対戦するトヨタカップが存在していたために、新たなFIFAの大会創設には消極的にならざるを得なかった。

しかし、交渉の結果、2005年にトヨタカップを吸収し、同大会のフォーマットを受け継いだ上で再開を果たすこととなった。これによって、6大陸連盟のクラブ選手権の優勝クラブが出場権を獲得する現行のフォーマットが成立した。この時のクラブ世界選手権は、トヨタカップの継承大会という性格を強く持っていた。そのため、日本で開催すること、冠スポンサーであるトヨタ自動車の名を採ったトヨタカップの名称を継承することとなった。また、ホスト・ブロードキャスターもトヨタカップから日本テレビを継承して、ホスト国である日本に対して配慮した。

大会名は、2005年大会が"FIFA Club World Championship TOYOTA Cup Japan 2005"であった。トヨタカップの名前が残っているのは、ホスト国の日本に対する宣伝面での配慮である。2006年大会から、FIFAのマーケティングの関係上「FIFAクラブ世界選手権」から「FIFAクラブワールドカップ」に変更された。対外的な呼称も"FIFA Club World Cup presented by TOYOTA"となった。日本語では、「TOYOTAプレゼンツFIFAクラブワールドカップ」が正式名称であり、ホスト・ブロードキャスターである日テレではこの正式名称を用い、宣伝等で「クラブのワールドカップ」という呼び方を使用しているが、一般的には「クラブワールドカップ」や「クラブW杯」という呼び方・表記をしている。
なおFIFAのメディアガイドラインでは「ワールドカップ」の名称を「W杯」と表記することを認めていない

<2007年以降の大会>
2007年以降の大会からは開催国枠が設置され、開催国の国内リーグ優勝クラブに本大会出場権が与えられることとなった。ただし、開催国の国内リーグ優勝クラブと開催国が所属する大陸連盟のクラブ選手権優勝クラブが同一国のクラブだった場合は、同一国から2チームが出場しないように配慮するため、大陸連盟のクラブ選手権で開催国以外の最上位クラブ(原則準優勝クラブ)に対して出場権が与えられることになった。
また、2007年のみ5位決定戦は行わなかった。

FIFAは2008年5月27日にオーストラリアのシドニーで理事会を開き、2009年、2010年の開催地をアラブ首長国連邦、同時に2011年、2012年の開催地を日本に決定した。
2011年12月17日に日本の東京で行われた理事会後の記者会見で、2013年、2014年の開催地がモロッコに決まったと発表した。 また同時に、2012年の日本開催についてブラッター会長は、「仙台など東日本大震災の被災地での開催を検討中だ」と述べた。

【日本チームの活躍】
2007年大会は浦和レッズが世界3位、2008年大会はガンバ大阪が同じく世界3位と大健闘しました。
また2011年大会は柏レイソルが世界4位となりました。

<2007年浦和レッズ>
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<2008年ガンバ大阪>
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posted by アマチュアライター at 00:39 | Comment(0) | クラブワールドカップ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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